励まし屋って、いったい誰?
励まし屋は、来栖政也(Vo.)と吉野努(Vo.&Acoustic Guitar)のユニット。
2009年に結成し、同年4月から毎週土日に渋谷ストリートでの活動を開始。来栖はお坊さん、吉野は顔が白塗りの巫女という格好で、「励まし屋」と書かれたのぼりを持って、渋谷の街を行脚してまわっている。
声をかけてくれた方には、「いいことがありますように」という言葉とともに励ましの書を配り、リクエストがあればその場で歌を歌って励ます。行脚の最後には、渋谷駅のハチ公前でストリートライブを敢行。道行く人を“勝手に”励ましている。
その他にも、来栖が自らの体験を語る講演を行ったり、2010年4月からは、「しあわせの御縁玉」を路上で出会った皆さんに託す活動など、歌のほかにも様々な形で人々を“勝手に”励ましている。
どうして“勝手に”励ましているの?
2009年、TAKE IT EASYというユニットとして、初めてのオリジナル曲を制作した来栖と吉野。その後、何度かライブ活動を行うものの、「好きだから歌う」「楽しい」そんな感情に疑問を感じ始めた。「俺たちは、何のために歌うのか?」
そして、たどり着いた結論は……“誰かを励ますため。”
“誰かを励ます”ことが出発点だということに気付いた二人は、励まし屋を結成。ストリートライブ活動、楽曲製作をスタートした。
望まれていなくても“勝手に励まそう”この弱った日本の為に、どこかで元気や勇気を必要としている誰かの為に。祈り続ければ必ず届くはず。そう信じて、励まし屋は 今日も“勝手に”人々を励ましている。
励まし屋 プロフィール
来栖政也(くるす まさや)
1975年12月10日生まれ。父親がアメリカ人とのハーフで自身もクォーター。父親の愛に恵まれず、髪は金髪、グリーンがかった瞳という容姿が理由で、少年時代にはいじめに合い、中学の頃には脱毛症にかかる。そんな苛立ちを暴力へとぶつけた来栖は、やがて暴走族の副総長となり、事件を起こして更生施設へ。
その中で、人の痛みや己の弱さを知り、人生の意味、命の意味を考えた来栖は再び生き直すことを誓う。
社会復帰後、6年間勤めた会社の倒産など様々な困難に見舞われた来栖は、
「こんな脱毛症の俺が役者になって活躍できれば“あいつにもできるんだから…”と、誰かの勇気に変わるんじゃないか」
という思いから役者を志し、端役ながら映画やテレビドラマに出演。
さらなる表現の場を求めて、励まし屋として音楽を通して活動している。
吉野 努(よしの つとむ)
1975年11月14日 新潟県で生まれる。幼少の頃、幼稚園で合奏のスパルタ教育を受けて音楽を嫌いになり、野球に打ち込む少年時代を過ごす。 中3の時、赴任してきた音楽教師から音に心を込めることの大切さを教わり、音楽が好きになる。
大学入学とともに上京するも、夢に逃げながらバイトに明け暮れ、卒業後もフリーター。
25歳の時、来栖と同じ会社に初めて就職するが、入社3年目で会社を辞め、独立を目指しながらアカペラ歌手として結婚式場などで歌いはじめる。 29歳で、ソロミュージシャンを志し、ライブハウスで初のライブその後定期的に活動するがライブごとにお客様が減っていく現実に苦悩する日々。来栖には
「河原で歌ってろ!ただの趣味なら」という厳しい激励をうける。その言葉の真意を考え、来栖を口説き落とし、ともに励まし屋の活動をしている。











